鉄道 唱歌。 鉄道唱歌 東海道編の歌詞 全文

地理教育鉄道唱歌(一) 東海道 東京〜岐阜 品川を行く汽車(明治29年) 一 汽笛一声新橋を はや我汽車は離れたり に入りのこる 月を旅路の友として 二 右は高輪 四十七士の墓どころ 雪は消えても消えのこる 名は千載の後までも 三 窓より近く品川の 台場も見えて波白き 海のあなたにうすがすむ 山は上総か房州か 四 梅に名をえし大森を すぐれば早も川崎の 大師河原は程ちかし 急げや電気の道すぐに 五 鶴見神奈川あとにして ゆけば横浜ステーション 湊を見れば百舟(ももふね)の 煙は空をこがすまで 横浜港(明治初期) 六 横須賀ゆきは乗替と 呼ばれておるる大船の つぎは鎌倉鶴が岡 源氏の古跡や尋ね見ん 七 八幡宮の石段に 立てる一木の大鴨脚樹(おおいちょう) 別当公暁のかくれしと 歴史にあるは此陰よ 八 ここに開きし頼朝が 幕府のあとは何(いづ)かたぞ 松風さむく日は暮れて こたへぬ石碑は苔あをし 鶴ヶ岡八幡宮(明治29年) 九 北は円覚建長寺 南は大仏星月夜 片瀬腰越江の島も ただ半日の道ぞかし 江ノ島(明治29年) 一〇 汽車より逗子をながめつつ はや横須賀に着きにけり 見よやドックに集まりし わが軍艦の壮大を 一一 支線をあとに立ちかへり わたる相模の馬入川(ばにゅうがわ) 海水浴に名を得たる 大磯みえて波すずし 一二 国府津おるれば馬車ありて 酒匂小田原とほからず 箱根八里の山道も あれ見よ雲の間より (後に「馬車ありて」を「電車あり」に訂正) 明治初期の小田原(左)と箱根(右) 一三 いでてはくぐるトンネルの 前後は山北小山駅 今もわすれぬ鉄橋の 下ゆく水のおもしろさ 一四 はるかにみえし富士の嶺(ね)は はや我そばに来りたり 雪の冠(かんむり)雲の帯 いつもけだかき姿にて 一五 ここぞ御殿場夏ならば われも登山をこころみん 高さは一万数千尺 十三州もただ一目 一六 三島は近年ひらけたる 豆相(ずそう)線路のわかれみち 駅には此地の名を得たる 官幣大社の宮居あり 一七 沼津の海に聞えたる 里は牛伏我入道(うしぶせがにゅうどう) 春は花咲く桃のころ 夏はすずしき海のそば 一八 鳥の羽音におどろきし 平家の話は昔にて 今は汽車ゆく富士川を 下るは身延の帰り舟 富士川(大正時代?) 一九 世に名も高き興津鯛 鐘の音ひびく清見寺 清水につづく江尻より ゆけば程なき久能山 二〇 三保の松原田子の浦 さかさにうつる富士の嶺を 波にながむる舟人は 夏も冬とや思ふらん 二一 駿州一の大都会 静岡いでて阿部川を わたればここぞ宇津の谷の 山きりぬきし洞(ほら)の道 二二 鞘より抜けておのづから 草なぎはらひし御剣(みつるぎ)の 御威(みいつ)は千代に燃ゆる火の 焼津の原はここなれや 二三 春咲く花の藤枝も すぎて島田の大井川 むかしは人を肩にのせ わたりし話も夢のあと 二四 いつしか又も暗(やみ)となる 世界は夜かトンネルか 小夜の中山夜泣石 問へども知らぬよその空 二五 掛川袋井中泉 いつしかあとに早なりて さかまき来る天龍の 川瀬の波に雪ぞちる 二六 この水上にありと聞く 諏訪の湖水の冬げしき 雪と氷の懸橋を わたるは神か里人か 二七 琴ひく風の浜松も 菜種に蝶の舞坂も うしろに走る愉快さを うたふか磯の波のこゑ 二八 煙を水に横たへて わたる浜名の橋の上 たもと涼しく吹く風に 夏ものこらずなりにけり 二九 左は入海しづかにて 空には富士の雪しろし 右は遠州洋(なだ)ちかく 山なす波ぞ砕けちる (後に「右」と「左」が入れ替えられています) 三〇 豊橋おりて乗る汽車は これぞ豊川稲荷道 東海道にてすぐれたる 海のながめは蒲郡 三一 見よや徳川家康の おこりし土地の岡崎を 矢矧(やはぎ)の橋に残れるは 藤吉郎のものがたり 三二 鳴海しぼりの産地なる 鳴海に近き大高を 下りておよそ一里半 ゆけば昔の桶狭間 三三 めぐみ熱田の御やしろは 三種の神器の一つなる その草薙の神つるぎ あふげや同胞四千万 三四 名だかき金の鯱は 名古屋の城の光なり 地震のはなしまだ消えぬ 岐阜の鵜飼も見てゆかん 焼失前の名古屋城 に続く. 雪 ( ゆき )のあした 月 ( つき )の 夜半 ( よは ) あそぶ 人 ( ひと )はいかならん みれど/\ 果 ( はて )もなき 二 ( ふた ) 子 ( ご ) 島 ( じま )の 夕 ( ゆふ )げしき• 磯 ( いそ )にはながめ 晴 ( は )れわたる 和田 ( わだ )のみさきを 控 ( ひか )へつゝ 山 ( やま )には 絶 ( た )えず 布引 ( ぬのびき )の 瀧 ( たき ) 見 ( み )に 人 ( ひと )ものぼりゆく• 年号 唱歌 当時の出来事 明治33年 1900 5月10日 発表 作詞:大和田建樹 作曲:多梅稚・上真行 発行:三木書店 5月1日 東京電気鉄道設立 5月10日 皇太子嘉仁が九条節子と結婚 5月14日 10月28日 パリ五輪 第2回夏季オリンピック大会 開催 5月16日 アーサー・エヴァンズがクノッソス遺蹟を発見 5月19日 陸軍省・海軍省官制改正、京都法政学校 後の立命館大学 創立、英国がトンガを保護国化 5月29日 米国オーチス・エレベーター社がエスカレーターを商標登録 5月31日 イギリス、ボーア戦争に事実上勝利 明治33年 1900 9月3日 発表 作詞:大和田建樹 作曲:多梅稚・上真行 発行:三木書店 9月8日 夏目漱石が大日本帝国文部省留学生として英国に留学、米国ガルベストンがハリケーンで死者六千名以上の壊滅的被害 9月11日 日本初の自動公衆電話が東京の新橋駅と上野駅、熊本市内に設置 9月15日 立憲政友会発足総裁に伊藤博文 9月13日 米比戦争プラン・ルパの戦い 9月14日 津田梅子、女子英学塾 後の津田塾大学 開校 9月15日 立憲政友会結成 9月17日 米比戦争マビタクの戦い 明治33年 1900 10月13日 発表 作詞:大和田建樹 作曲:多梅稚・田村虎蔵 発行:三木書店 10月4日 第2次山縣内閣総辞職 10月11日 イギリス総選挙。

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中山道 ( なかせんだう )と 打 ( うち )わかれ ゆくや 蓮田 ( はすだ )の 花 ( はな )ざかり 久喜 ( くき ) 栗橋 ( くりはし )の 橋 ( はし )かけて わたるはこれぞ 利根 ( とね )の 川 ( かは )• 水 ( みづ )は 川 ( かは ) 瀬 ( せ )の 石 ( いし )こして さきちる 波 ( なみ )の 花 ( はな ) 泉 ( いづみ ) 一 ( いち )の 關 ( せき )より 陸中 ( りくちう )と きけば 南 ( なん ) 部 ( ぶ )の 舊 ( きう ) 領 ( りやう ) 地 ( ち )• 大阪 ( おほさか )いでゝ 右 ( みぎ ) 左 ( ひだり ) 菜 ( な ) 種 ( たね )ならざる 畑 ( はた )もなし 神崎川 ( かんざきがは )のながれのみ 淺 ( あさ ) 黄 ( ぎ )にゆくぞ 美 ( うつく )しき• 右は高輪泉岳寺 四十七士の墓どころ 雪は消えても消え残る 名は千載の後までも 大石良雄が山科の その隠れ家はあともなし 赤き鳥居の神さびて 立つは伏見の稲荷山. 世にも名高き興津鯛 鐘の音ひびく清見寺(きよみでら) 清水につづく江尻より ゆけば程なき久能山 32. 三 ( み ) 島 ( しま )は 近年 ( きんねん )ひらけたる 豆 ( づ ) 相線 ( さうせん ) 路 ( ろ )のわかれみち 驛 ( えき )には 此 ( この ) 地 ( ち )の 名 ( な )をえたる 官 ( くわん ) 幣大社 ( ぺいたいしや )の 宮 ( みや ) 居 ( ゐ )あり• 琵琶湖 ( びはこ )を 引 ( ひ )きて 通 ( とほ )したる 疏 ( そ ) 水 ( すゐ )の 工 ( こう ) 事 ( じ )は 南禪 ( なんぜん ) 寺 ( じ ) 岩 ( いは ) 切 ( き )り 拔 ( ぬ )きて 舟 ( ふね )をやる 智 ( ち ) 識 ( しき )の 進 ( しん ) 歩 ( ぽ )も 見 ( み )られたり• 大石 ( おほいし ) 良 ( よし ) 雄 ( を )が 山科 ( やましな )の その 隱 ( かくれ ) 家 ( が )はあともなし 赤 ( あか )き 鳥 ( とり ) 居 ( ゐ )の 神 ( かみ )さびて 立 ( た )つは 伏 ( ふし ) 見 ( み )の 稻 ( いな ) 荷 ( り ) 山 ( やま )• 長岡 ( ながをか )おりて 飯坂 ( いひざか )の 湯 ( たう ) 治 ( ぢ )にまはる 人 ( ひと )もあり 越河 ( こすがう )こして 白石 ( しろいし )は はや 陸前 ( りくぜん )の 國 ( くに )と 聞 ( き )く• 金 ( きん )と 石 ( いし )との 小 ( こ ) 金 ( がね ) 井 ( ゐ )や 石橋 ( いしばし )すぎて 秋 ( あき )の 田 ( た )を 立 ( た )つや 雀 ( すゞめ )の 宮 ( みや ) 鼓 ( つゞみ ) 宇都 ( うつの ) 宮 ( みや )にもつきにけり• 鉄道唱歌(山陽、九州) 鐵道唱歌 東京音樂學校講師 上眞行作曲 大阪師範學校敎諭 多梅稚作曲 地理教育 鐵道唱歌 第貳集 大和田建樹作歌 山 陽、 九 州 一 夏なほ寒き布引の 瀧のひゞきをあとにして 神戸の里を立ちいづる 山陽線路の汽車の道 神戸 二 兵庫鷹取須磨の浦 名所舊蹟かずおほし 平家の若武者敦盛が 討たれし跡もこゝと聞く 兵庫 須磨 三 その最期まで携へて 青葉の笛は須磨寺に 今ものこりて寶物の 中にあるこそあはれなれ 四 九郎判官義経が 敵陣めがけておとしたる 鵯越やいちのたに 皆この名所の内ぞかし 鹽屋 垂水 五 舞子の松の木の間より まぢかく見ゆる淡路島 夜は岩屋の燈臺も 手に取る如く影あかし 舞子 六 明石の浦の風景を 歌によみたる人麿の 社はこれか島がくれ こぎゆく舟もおもしろや 明石 大久保 土山 七 加古川おりて旅人の 立ちよる陰は高砂の 松のあらしに傳へくる 鐘も名だかき尾上寺 加古川 八 阿彌陀は寺の音に聞き 姫路は城の名にひゞく こゝより支線に乘りかへて ゆけば生野は二時間餘 阿彌陀 姫路 ・生野 九 那波の驛から西南 一里はなれて赤穂あり 四十七士が仕へたる 淺野内匠の城のあと 網干 龍野 那波 有年 上郡 三石 吉永 和氣 十 播磨すぐれば燒物の 名に聞く備前の岡山に これも名物吉備團子 津山へ行くは乘かへよ 万富 瀬戸 長岡 岡山 ・津山 十一 水戸と金澤岡山と 天下に三つの公園地 後楽園も見てゆかん 國へ話のみやげには 庭瀬 十二 靈驗今にいちじるく 讃岐の國に鎭座ある 金刀比羅宮に參るには 玉島港より汽船あり 倉敷 玉島 十三 疊おもての備後には 福山町ぞ賑はしき 城の石垣むしのこす 苔にむかしの忍ばれて 鴨方 笠岡 大門 福山 十四 武士が手に巻く鞆の浦 こゝよりゆけば道三里 仙醉島を前にして 煙にぎはふ海士の里 十五 浄土西國千光寺 寺の名たかき尾道 港を窓の下に見て 汽車の眠もさめにけり 松永 尾道 十六 絲崎三原海田市 すぎて今つく廣島は 城のかたちもしのまゝに 今は師團をおかれたり 絲崎 三原 海田市 廣島 十七 日清戰争はじまりて かたじけなくも大君の 御旗を進めたまひたる 大本營のありし土地 十八 北には饒津の公園地 西には宇品の新港 内海波も静なり 呉軍港は近くして ・宇品 横川 十九 己斐の松原五日市 いつしか過ぎて嚴島 鳥居を前にながめやる 宮嶋驛につきにけり 己斐 五日市 宮島 二〇 汽笛ならして客を待つ 汽船に乘れば十五分 早くもこゝぞ市杵島 姫のまします宮どころ 二一 海にいでたる廻廊の 板を浮べてさす汐に うつる燈籠の火の影は 星か螢か漁火か 二二 毛利元就この島に 城をかまへて君の敵 陶晴賢を誅せしは のこす武臣の鑑なり 玖波 大竹 二三 岩國川の水上に かゝれる橋は算盤の 玉をならべし如くにて 錦帶橋と名づけたり 岩國 藤生 由宇 大畠 二四 風に絲よる柳井津の みなとにひゞく産物は 甘露醤油に柳井縞 からき浮世の鹽の味 田布施 岩田 島田 下松 徳山 福川 二五 出船入船たえまなき 商業繁華の三田尻は 山陽線路のをはりにて 馬關に延ばす汽車のみち 富海 三田尻 二六 少しあとに立ちかへり 徳山港を船出して 二十里ゆけば豐前なる 門司の港につきにけり 二七 向の岸は馬關にて 海上わづか二十町 瀬戸内海の咽首を しめてあつむる船の數 ・馬關 二八 朝の帆影夕烟 西北さしてゆく船は 鳥も飛ばぬと音にきく 玄界洋やわたるらん 二九 満ち引く汐も早鞆の 瀬戸と呼ばるゝ此海は 源平兩氏の古戰場 壇の浦とはこれぞかし 三〇 世界にその名いと高き 馬關條約結びたる 春帆樓の跡とひて 昔しのぶもおもしろや 三一 門司よりおこる九州の 鐵道線路をはるばると ゆけば大里の里すぎて こゝぞ小倉と人はよぶ 門司 大里 小倉 三二 これより汽車を乘りかへて 東の濱に沿ひゆかば 城野行橋宇島を すぎて中津に至るべし 城野 行橋 宇島 中津 三三 中津は豐後の繁華の地 頼山陽の筆により 名だかくなりし耶馬渓を 見るには道も遠からず 三四 白雲かゝる彦山を 右にながめて猶ゆけば 汽車は宇佐にて止まりたり 八幡の宮に詣でこん 今津 四日市 宇佐 三五 歴史を讀みて誰も知る 和氣清麿が神勅を 請ひまつりたる宇佐の宮 あふがぬ人は世にあらじ 三六 小倉に又も立ちもどり ゆけば折尾の右左 若松線と直方の 道はこゝにて出あひたる 大蔵 黒崎 折尾 ・若松 ・直方 三七 走る窓より打ち望む 海のけしきのおもしろさ 磯に貝ほる少女あり 沖に帆かくる小舟あり 遠賀川 赤間 福間 古賀 香椎 三八 おとにきゝたる箱崎の 松かあらぬか一むらの みどり霞みて見えたるは 八幡の神の宮ならん 箱崎 三九 天の橋立三保の浦 この箱崎を取りそへて 三松原とよばれたる その名も千代の春のいろ 四〇 織物産地と知られたる 博多は黒田の城のあと 川をへだてゝ福岡の 町もまぢかくつゞきたり 博多 四一 まだ一日とおもひたる 旅路は早も二日市 下りて見てこん名にきゝし 宰府の宮の飛梅を 雑餉隈 二日市 四二 千年のむかし太宰府を おかれしあとは此處 宮に祭れる菅公の 事蹟かたらんいざ來れ 四三 醍醐の御代の其はじめ 惜しくも人にそねまれて 身になき罪をおはせられ ついに左遷と定まりぬ 四四 天に泣けども天言はず 地に叫べども地もきかず 涙を呑みて邊土なる こゝに月日をおくりけり 四五 身は沈めども忘れぬは 海より深き君の恩 かたみの御衣を朝毎に さゝげてしぼる袂かな 四六 あはれ當時の御心を おもひまつればいかならん 御前の池に鯉を呼ぶ をとめよ子等よ旅人よ 四七 一時榮えし都府樓の あとをたづねて分け入れば 草葉をわたる春風に なびく菫の三つ五つ 四八 鐘の音きくと菅公の 詩に作られて觀音寺 佛も知るや千代までも つきぬ恨の世がたりは 原田 田代 四九 宰府わかれて鳥栖の驛 長崎ゆきのわかれ道 久留米は有馬の舊城下 水天宮もほどちかし 鳥栖 久留米 羽犬塚 矢部川 渡瀬 五〇 かの西南の戦争に その名ひびきし田原坂 見にゆく人は木葉より おりて道きけ里人に 大牟田 長洲 高瀬 木葉 植木 池田 五一 眠る間もなく熊本の 町に着きたり我汽車は 九州一の大都會 人口五萬四千あり 熊本 五二 熊本城は西南の 役に名を得し無類の地 細川氏のかたみとて 今はおかるゝ六師團 五三 町の名所は水前寺 公園きよく池ひろし 宮は紅葉の錦山 寺は法華の本妙寺 五四 ほまれの花もさきにほふ 花岡山の招魂社 雲か霞か夕ぞらに みゆるは阿蘇の遠煙 五五 わたる白川緑川 川尻ゆけば宇土の里 國の名に負う不知火の 見ゆるはこゝの海と聞く 川尻 宇土 五六 線路分るゝ三角港 出で入る船は絶えまなし 松橋すぎて八代と 聞くも心のたのしさよ ・三角 松橋 小川 有佐 八代 五七 南は球磨の川の水 矢よりも早くながれたり 西は天草洋の海 雲かとみゆる山もなし 五八 ふたゝびかへる鳥栖の驛 線路を西に乘りかへて ゆけば間もなく佐賀の町 城にはのこる玉のあと 中原 神崎 佐賀 久保田 牛津 山口 北方 五九 つかれてあびる武雄の湯 みやげにするは有田燒 めぐる車輪の早岐より 右にわかるゝ佐世保道 武雄 三間坂 有田 三河内 早岐 ・佐世保 六〇 鎭西一の軍港と その名しられて大村の 灣をしめたる佐世保には わが鎭守府をおかれたり 六一 南の風をハエと讀む 南風崎すぎて川棚の つぎは彼杵は松原の 松ふく風ものどかにて 南風崎 川棚 彼杵 松原 六二 右にながむる鯛の浦 鯛つる舟もうかびたり 名も諫早の里ならぬ 旅の心やいさむらん 大村 諫早 六三 故鄕のたより喜々津とて おちつく人の大草や 春日長與のたのしみも 道尾にこそつきにけり 喜々津 大草 長與 道尾 六四 千代に八千代の末かけて 榮行く御代は長崎の 港にぎはふ百千船 夜は舷燈のうつくしさ 長崎 六五 汽車よりおりて旅人の まづ見にゆくは諏訪の山 寺町すぎて居留地に 入ればむかしぞ忍ばるゝ 六六 わが開港を導きし 阿蘭陀船のつどひたる みなとはこゝぞ長崎ぞ 長くわするな國民よ 六七 前は海原はてもなく 外つ國までもつゞくらん あとは鐵道一すぢに またゝくひまよ青森も 六八 あしたは花の嵐山 ゆふべは月の筑紫潟 かしこも樂しここもよし いざ見てめぐれ汽車の友. ここでは「 単語 ( ルビ )」の形で再現しています。 梅 ( うめ )に 名 ( な )をえし 大森 ( おほもり )を すぐれば 早 ( はや )も 川崎 ( かはさき )の 大 ( だい ) 師河 ( しが ) 原 ( はら )は 程 ( ほど )ちかし 急 ( いそ )げや 電 ( でん ) 氣 ( き )の 道 ( みち )すぐに• 横 ( よこ ) 須賀 ( すか )ゆきは 乘替 ( のりかへ )と 呼 ( よ )ばれておるゝ 大船 ( おほふな )の つぎは 鎌倉 ( かまくら ) 鶴 ( つる )が 岡 ( をか ) 源 ( げん ) 氏 ( じ )の 古 ( こ ) 跡 ( せき )や 尋 ( たづ )ね 見 ( み )ん• 羽二 ( はぶ ) 重 ( たへ )おりと 鐵瓶 ( てつびん )は 市 ( し )の 産物 ( さんぶつ )と 知 ( し )られたり 岩 ( いは ) 手 ( で )の 山 ( やま )の 峰 ( みね )よりも 南 ( なん ) 部 ( ぶ )の 馬 ( うま )の 名 ( な )ぞ 高 ( たか )き• 歸 ( かへ )りは 線 ( せん ) 路 ( ろ )の 道 ( みち )かへて 海際 ( うみぎは )づたひ 進 ( すゝ )まんと 仙臺 ( せんだい )すぎて 馬市 ( うまいち )の 岩沼 ( いはぬま )よりぞ 分 ( わか )れゆく• 7月14日 第2次桂内閣成立 7月23日 オスマン帝国で青年トルコ人革命 7月24日 ロンドンオリンピック 4月27日-10月31日 7月25日 池田菊苗の「グルタミン酸を主要成分とせる調味料製造法」が特許登録 7月26日 アメリカ連邦捜査局設立 明治42年 1909 1月5日 発表 作詞:大和田建樹 作曲:田村虎蔵 明治42年 1909 1月8日 発表 作詞:大和田建樹 作曲:納所弁次郎・吉田信太 発行:市田昇文館 1月28日 米西戦争以来キューバに駐留していた米軍が撤退 1月30日 クロポトキン「パンの略取」 平民社訳 発禁 明治42年 1909 10月25日 発表 作詞:大和田建樹 作曲:納所弁次郎・吉田信太 発行:市田昇文館 10月8日 モホロビチッチ不連続面が発見さる 10月11日 三井合名会社設立 10月26日 伊藤博文暗殺事件 10月29日 韓国銀行設立 明治42年 1909 10月25日 発表 作詞:大和田建樹 作曲:納所弁次郎・吉田信太 発行:市田昇文館 明治43年 1910 2月20日 発表 作詞:宇井英 作曲:高橋二三四 2月14日 安重根に死刑判決 明治44年 1911 4月24日 発表 作詞:福山寿久 作曲:福井直秋 発行:東京神田・好文堂 4月1日 大分県大分町に市制実施される 4月3日 東京の日本橋竣工開通式 4月5日 最初の飛行場所沢の開場式 4月7日 市制・町村制改正公布 4月9日 日野大尉、所沢にて40哩の快飛翔 吉原で大炎 4月10日 第1回帝国菓子飴大品評会 後の全国菓子大博覧会 開催 4月17日 朝鮮総督府、土地収用令を制定 4月22日 清華学堂 現・清華大学 設立 明治44年 1911 11月27日 発表 作詞:岩田勝市 作曲:田村虎蔵 発行:関西新報社 11月1日 鴨緑江の大鉄橋竣工し、朝鮮満州連絡鉄道の開通式新義州で挙行 11月5日 上野に開催中の文展出品審査員、日本書に対し不平の墨汁塗抹事件あり 11月15日 東京市職業紹介所開設 11月30日 外モンゴル 後のモンゴル国 が清から独立宣言 昭和4年 1929 3月20日 発表 作詞:藤原守人他 作曲:美和充他 発行:鉄道省・大阪毎日新聞他 発売:三省堂 3月5日 山本宣治殺害事件。 關本 ( せきもと )おりで 〔 〕 平潟 ( ひらかた )の 港 ( みなと )にやどる 人 ( ひと )もあり 岩 ( いは )の 中道 ( なかみち )ふみわけて 磯 ( いそ )うつ 波 ( なみ )も 聞 ( き )きがてら• 岩沼驛 ( いはぬまえき )のにぎはひは 春 ( はる )と 秋 ( あき )との 馬 ( うま )の 市 ( いち ) 千 ( せん ) 里 ( り )の 道 ( みち )に 鞭 ( むち )うちて すゝむは 誰 ( たれ )ぞ 國 ( くに )のため• 横須賀ゆきは乗替と 呼ばれておるる大船の つぎは鎌倉いざさらば 源氏の古跡や訪ね見ん 8. 道 ( みち )もせに 散 ( ち )る 花 ( はな )よりも 世 ( よ )に 芳 ( かう )ばしき 名 ( な )を 留 ( と )めし 八幡 ( はちまん ) 太 ( た ) 郎 ( らう )が 歌 ( うた )のあと 勿 ( な ) 來 ( こそ )の 關 ( せき )も 見 ( み )てゆかん• おくり 迎 ( むか )ふる 程 ( ほど )もなく 茨 ( いばら ) 木 ( き ) 吹 ( すゐ ) 田 ( た )うちすぎて はや 大阪 ( おほさか )につきにけり 梅 ( うめ ) 田 ( だ )は 我 ( われ )をむかへたり• ここに開きし頼朝の 幕府のあとは何(いず)かたぞ 松風さむく日は暮れて こたえぬ石碑は苔あおし 9. ちなみにこの問題、「東海道本線の駅で『京』の漢字が含まれる3つの駅」というベタ(?)問をベースに作問した裏事情があった訳なんですが、実際出題してみると、偶然、「地元民」がいらっしゃって、一瞬で持っていかれましたww (この問題に限らず、作問の数百分の1で正解者が出ちゃう) 【 7問目 】 【 漢字変換クイズ 】です。

しのぶもじずり 摺 ( す )り 出 ( い )だす 石 ( いし )の 名所 ( めいしよ )も 程近 ( ほどちか )く 米澤 ( よねさは )ゆきの 鐵道 ( てつだう )は 此町 ( このまち )よりぞ 分 ( はか )れたる• こゝに 開 ( ひら )きし 頼朝 ( よりとも )が 幕 ( ばく ) 府 ( ふ )のあとは 何 ( いづ )かたぞ 松風 ( まつかぜ )さむく 日 ( ひ )は 暮 ( く )れて こたへぬ 石 ( せき ) 碑 ( ひ )は 苔 ( こけ )あをし• 春 ( はる )さく 花 ( はな )の 藤枝 ( ふぢえだ )も すぎて 島 ( しま ) 田 ( だ )の 大 ( おほ ) 井 ( ゐ ) 川 ( がは ) むかしは 人 ( ひと )を 肩 ( かた )にのせ わたりし 話 ( はなし )も 夢 ( ゆめ )のあと• 尻内 ( しりうち )こせば 打 ( う )ちむれて 遊 ( あそ )ぶ 野 ( の ) 馬 ( うま )の 古 ( ふる ) 間木 ( まき )や 今日 ( けふ )ぞ 始 ( はじ )めて 陸奧 ( みちのく )の 海 ( うみ )とは 是 ( これ )かあの 船 ( ふね )は• 沼 ( ぬま ) 津 ( づ )の 海 ( うみ )に 聞 ( きこ )えたる 里 ( さと )は 牛伏 ( うしぶせ ) 我 ( が ) 入道 ( にふだう ) 春 ( はる )は 花 ( はな )さく 桃 ( もゝ )のころ 夏 ( なつ )はすゞしき 海 ( うみ )のそば• 浪 ( なみ ) 江 ( え )なみうつ 稻 ( いね )の 穗 ( ほ )の 長塚 ( ながつか )すぎて 豐 ( ゆたか )なる 里 ( さと )の 富岡 ( とみをか ) 木戸 ( きど ) 廣 ( ひろ ) 野 ( の ) 廣 ( ひろ )き 海原 ( うなばら )みつゝゆく• 神奈川過ぎて平沼の あなたを見れば百船の 煙は空をこがすまで ここ横浜の大港 6. 岩 ( いは )もる 水 ( みづ )の 泉 ( いづみ ) 崎 ( ざき ) 矢 ( やぶ ) 吹須賀 ( きすか ) 川冬 ( ゞはふゆ )の 來 ( き )て むすぶ 氷 ( こほり )の 郡 ( こほり ) 山 ( やま ) 近 ( ちか )き 湖 ( こ ) 水 ( すゐ )は 猪 ( ゐ ) 苗代 ( なはしろ )• こゝぞ 御 ( ご ) 殿 ( てん ) 場 ( ば ) 夏 ( なつ )ならば われも 登 ( と ) 山 ( ざん )をこゝろみん 高 ( たか )さは 一萬 ( いちまん ) 數 ( す ) 千 ( せん ) 尺 ( じやく ) 十三州 ( じふさんしう )もたゞ 一 ( ひと ) 目 ( め )• 秋風 ( あきかぜ ) 吹 ( ふ )くと 詠 ( えい )じたる 關所 ( せきしよ )の 跡 ( あと )は 此 ( この )ところ 會 ( あひ ) 津 ( づ )の 兵 ( へい )を 官 ( くわん ) 軍 ( ぐん )の 討 ( う )ちし 維 ( ゐ ) 新 ( しん )の 古 ( こ ) 戰 ( せん ) 場 ( じやう )• 右 ( みぎ )は 入海 ( いりうみ )しづかにて 空 ( そら )には 富士 ( ふじ )の 雪 ( ゆき )しろし 左 ( ひだり )は 遠州洋 ( ゑんしうなだ )ちかく 山 ( やま )なす 波 ( なみ )ぞ 碎 ( くだ )けちる• すぎゆく 驛 ( えき )は 七 ( なゝ )つ 八 ( や )つ 山 ( やま )おもしろく 野 ( の )は 廣 ( ひろ )し 北上川 ( きたかみがは )を 右 ( みぎ )にして つくは 何 ( いづ )くぞ 盛岡 ( もりをか ) 市 ( し )• また本線に立ちかえり 藤沢茅崎平塚も 過ぎて名高き大磯や 海水浴のはじめの地 12. 国府津おるれば電車あり 小田原熱海行くもよし 箱根八里の山道も あれ見よ雲の間より 15. いつしか 又 ( また )も 暗 ( やみ )となる 世 ( せ ) 界 ( かい )は 夜 ( よる )かトン子ルか 小夜 ( さよ )の 中山 ( なかやま ) 夜 ( よ ) 泣石 ( なきいし ) 問 ( と )へども 知 ( し )らぬよその 空 ( そら )• 八幡宮 ( はちまんぐう )の 石段 ( いしだん )に 立 ( た )てる 一 ( ひと ) 木 ( き )の 大 ( おほ ) 鴨脚樹 ( いてふ ) 別當 ( べつたう ) 公 ( く ) 曉 ( げう )のかくれしと 歴 ( れき ) 史 ( し )にあるは 此蔭 ( このかげ )よ• 松 ( まつ ) 戸 ( ど )をおりて 國府 ( こふ )の 臺 ( だい ) ゆけば 一 ( いち ) 里 ( り )に 足 ( た )らぬ 道 ( みち ) 眞間 ( まゝ )の 手兒名 ( てこな )が 跡 ( あと )といふ 寺 ( てら )も 入 ( いり ) 江 ( え )ものこるなり• 中村 ( なかむら )いでゝ 打 ( う )ちわたる 川 ( かは )は 眞野 ( まの ) 川新 ( がはにつ ) 田 ( た ) 川 ( がは ) 原 ( はら )の 町 ( まち )より 歩 ( ほ ) 行 ( かう )して 妙見 ( めうけん )まうでや 試 ( こゝろ )みん• 帝国第二に位して 商工さかゆる大阪市 安治川口に入る船の 煙はたゆるひまもなし 58. 國府津 ( こふづ )おるれば 電車 ( でんしや )あり 酒 ( さか ) 匂小田 ( はをだ ) 原 ( はら )とほからず 箱 ( はこ ) 根 ( ね ) 八 ( はち ) 里 ( り )の 山道 ( やまみち )も あれ 見 ( み )よ 雲 ( くも )の 間 ( あひだ )より• 鞘 ( さや )より 拔 ( ぬ )けておのづから 草 ( くさ )なぎはらひし 御 ( み ) 劍 ( つるぎ )の 御 ( み ) 威 ( いつ )は 千代 ( ちよ )に 燃 ( も )ゆる 火 ( ひ )の 燒 ( やい ) 津 ( づ )の 原 ( はら )はこゝなれや• 鳴 ( なる ) 海 ( み )しぼりの 産 ( さん ) 地 ( ち )なる 鳴 ( なる ) 海 ( み )に 近 ( ちか )き 大高 ( おほたか )を 下 ( くだ )りておよそ 一 ( いち ) 里 ( り ) 半 ( はん ) ゆけば 昔 ( むかし )の 桶狹 ( をけはざ ) 間 ( ま )• つづく名古屋は中京と 世にうたわるる大都会 名高き金の鯱は 今なお城の光なり 34. 五 ( ご ) 大堂 ( だいだう )を 右 ( みぎ )にして 瑞嚴 ( ずゐがん ) 寺 ( じ ) 〔 〕の 森 ( もり )ちかき 磯 ( いそ )に 船 ( ふね )は 著 ( つ )きにけり 暫 ( しば )しといふ 程 ( ほど )もなく• 父やしないし養老の 滝は今なお大垣を 三里へだてて流れたり 孝子のほまれともろともに 37. 車輪 ( しやりん )のめぐり 速 ( すみやか )に 千住大橋右 ( せんぢゆおほはしみぎ )に 見 ( み )て 環 ( たまき )の 端 ( はし )の 限 ( かぎり )なく ふたゝびもどる 田 ( た ) 端驛 ( ばたえき )• はるかにみえし 富士 ( ふじ )の 嶺 ( ね )は はや 我 ( わが )そばに 來 ( きた )りたり 雪 ( ゆき )の 冠 ( かんむり ) 雲 ( くも )の 帶 ( おび ) いつもけだかき 姿 ( すがた )にて• 東 ( ひがし ) 那須野 ( なすの )の 青 ( あを ) 嵐 ( あらし ) ふくや 黒磯黒 ( くろいそくろ ) 田 ( た ) 原 ( はら ) こゝは 何 ( いづ )くと 白河 ( しらかは )の 城 ( しろ )の 夕 ( ゆふ ) 日 ( ひ )は 影赤 ( かげあか )し• 山崎 ( やまざき )おりて 淀川 ( よどがは )を わたる 向 ( むか )ふは 男 ( をとこ ) 山 ( やま ) 行 ( ぎやう ) 幸 ( かう )ありし 先帝 ( せんてい )の かしこきあとぞ 忍 ( しの )ばるゝ• 三島駅には官幣の 三島神社の宮居あり 伊豆鉄道に乗りかえて 一夜泊らん修善寺に 19. 七度 ( なゝたび )うまれて 君 ( きみ )が 代 ( よ )を まもるといひし 楠公 ( なんこう )の いしぶみ 高 ( たか )き 湊 ( みなと ) 川 ( がは ) ながれて 世々 ( よゝ )の 人 ( ひと )ぞ 知 ( し )る• 神 ( かう ) 戸 ( べ )は 五 ( ご ) 港 ( かう )の一つにて あつまる 汽 ( き ) 船 ( せん )のかず/\は 海 ( うみ )の 西 ( にし )より 東 ( ひがし )より 瀬戸 ( せと ) 内 ( うち )がよひも 交 ( ま )じりたり• 天 ( てん ) 下 ( か )の 旗 ( はた )は 徳川 ( とくがは )に 歸 ( き )せしいくさの 關 ( せき )が 原 ( はら ) 草 ( くさ )むす 屍 ( かばね )いまもなほ 吹 ( ふ )くか 膽 ( い ) 吹 ( ぶき )の 山 ( やま )おろし• Amazon Bestseller: 74,820 in Music• こゝぞ 昔 ( むかし )の 難 ( なに ) 波 ( は )の 津 ( つ ) こゝぞ 高 ( たか ) 津 ( つ )の 宮 ( みや )のあと 安治 ( あぢ ) 川口 ( かはぐち )に 入 ( い )る 舟 ( ふね )の 煙 ( けむり )は 日 ( にち ) 夜 ( や )たえまなし• 海 ( うみ )にしばらく 別 ( わか )れゆく 小田 ( をだ )の 緑 ( みどり )の 中村 ( なかむら )は 陶 ( たう ) 器 ( き ) 産 ( さん ) 地 ( ち )と 兼 ( か )ねて 聞 ( き )く 相 ( さう ) 馬 ( ま )の 町 ( まち )をひかへたり• 北は円覚建長寺 南は大仏星月夜 七里が浜も江島も 行くに電車の便よし 10. 霰 ( あられ )たばしる 篠原 ( しのはら )と うたひし 跡 ( あと )の 狩 ( かり ) 場 ( ば )の 野 ( の ) たゞ 見 ( み )る 薄 ( すゝき ) 女郎花 ( をみなめし ) 殺 ( せつ ) 生 ( しやう ) 石 ( せき )はいづかたぞ• 赤羽 ( あかばね )すぎて 打 ( う )ちわたる 名 ( な )も 荒川 ( あらかは )の 鐵 ( てつ )の 橋 ( はし ) その 水上 ( みずかみ )は 秩 ( ちゝ ) 父 ( ぶ )より いでゝ 墨 ( すみ ) 田 ( だ )の 川 ( かは )となる• 峰 ( みね )にのぼれば 地圖 ( ちづ ) 一 ( ひと )つ ひろげし 如 ( ごと )く 見 ( み )えわたる 常 ( ひた ) 陸 ( ち )の 國 ( くに )のこゝかしこ 利根 ( とね )のながれの 末 ( すえ )までも• 汽車より逗子をながめつつ はや横須賀に着きにけり 見よ軍港の雄大を げに東海のしずめなり 11. 道 ( みち )は 磐 ( いは ) 城 ( き )をつらぬきて 常 ( ひた ) 陸 ( ち )にかゝる 磐 ( いは ) 城 ( き ) 線 ( せん ) ながめはてなき 海原 ( うなばら )は 亞米利加 ( あめりか )までやつゞくらん• いでゝはくゞるトン子ルの 前 ( ぜん ) 後 ( ご )は 山北 ( やまきた ) 小 ( を ) 山驛 ( やまえき ) 今 ( いま )もわすれぬ 鐵橋 ( てつけう )の 下 ( した )ゆく 水 ( みづ )のおもしろさ• ここぞ昔の難波の津 ここぞ高津の宮のあと 千古の英雄秀吉の おもかげ城に残りたり 62. 間 ( ま )もなく 來 ( きた )る 土浦 ( つちうら )の 岸 ( きし )を 浸 ( ひた )せる 水海 ( みづうみ )は 霞 ( かすみ )が 浦 ( うら )の 名 ( な )も 廣 ( ひろ )く 汽 ( き ) 船 ( せん )の 笛 ( ふえ )の 音 ( おと )たえず• しば/\くゞるトン子ル 〔 〕を 出 ( で )てはながむる 浦 ( うら )の 波 ( なみ ) 岩 ( いは )には 休 ( やす )む 鴎 ( かもめ )あり 沖 ( おき )には 渡 ( わた )る 白 ( しら ) 帆 ( ほ )あり• 君 ( きみ )が 八千代 ( やちよ )の 久 ( ひさ )の 濱 ( はま ) 木奴美 ( こぬみ )が 浦 ( うら )の 波 ( なみ )ちかく をさまる 國 ( くに )の 平 ( たひら ) 町 ( まち ) 並 ( ならび )が 岡 ( をか )のけしきよし• 王 ( わう ) 子 ( じ )に 着 ( つ )きて 仰 ( あふ )ぎみる 森 ( もり )は 花 ( はな ) 見 ( み )し 飛鳥 ( あすか ) 山 ( やま ) 土器 ( かはらけ )なげて 遊 ( あそ )びたる 江戸 ( えど )の 名所 ( めいしよ )の 其一 ( そのひと )つ• 鉄道唱歌 東海道編の歌詞 全文 汽笛一声新橋を はや我汽車は離れたり 『鉄道唱歌(てつどうしょうか)』は、作詞:大和田建樹、作曲:多梅稚(おおのうめわか)による明治33年(1900年)発表の唱歌。

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好 ( かう ) 摩 ( ま ) 川口沼 ( かはぐちぬま ) 宮 ( く ) 内 ( ない ) 中山 ( なかやま ) 小鳥谷 ( こづや ) 一 ( いち )の 戸 ( へ )と すぎゆくまゝに 變 ( かは )りゆく 土地 ( とち )の 言 ( こと ) 葉 ( ば )もおもしろや• 支 ( し ) 線 ( せん )をあとに 立 ( た )ちかへり わたる 相 ( さが ) 模 ( み )の 馬 ( ば ) 入川 ( にふがは ) 海水浴 ( かいすゐよく )に 名 ( な )を 得 ( え )たる 大磯 ( おほいそ )みえて 波 ( なみ )すゞし• 阿武 ( あふ ) 隈川 ( くまがは )の 埋 ( うもれ ) 木 ( ぎ )も 仙臺平 ( せんだいひら )の 袴 ( はかま ) 地 ( ぢ )も 皆 ( みな )この 土地 ( とち )の 産物 ( さんぶつ )ぞ みてゆけこゝも 一日 ( いちにち )は• 4番で川崎大師に行く「電気の道」とは何か? 18番「鳥の羽音におどろきし平家の話」とはどんな話? 22番で鞘からひとりでに抜けて草をなぎ払った御劔(みつるぎ)とは何か? 26番の「諏訪の湖水の雪と氷の懸橋」とは? 34番「地震のはなしまだ消えぬ」の地震とは? 51番「岩切抜きて舟をやる 智識の進歩」とは何のことか? 54番で男山に行幸した先帝とは何天皇か? 山陽篇に入って3番「その最期まで携へし青葉の笛」とは? この他,「入り残る」「消え残る」などの「残る」や,「夏も残らずなりにけり」といった表現も,古文や文語体になじみがない人には分かりづらいかもしれない。 ここぞ御殿場夏ならば 我も登山を試みん 高さは一万数千尺 十三州もただ一目 三島は近年開けたる 豆相線路の分かれ道 駅にはこの地の名を得たる 官幣大社の宮居あり 沼津の海に聞こえたる 里は牛臥我入道 春は花咲く桃の頃 夏は涼しき海のそば 鉄道唱歌で歌われている三島駅は、現在の御殿場線の下戸狩である。 。

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又 ( また ) 立 ( た )ちかへる 宇都 ( うつの ) 宮 ( みや ) 急 ( いそ )げば 早 ( はや )も 西 ( にし ) 那須野 ( なすの ) こゝよりゆけば 鹽原 ( しほばら )の 温泉 ( おんせん )わづか 五里 ( ごり )あまり• 淀 ( よど )の 川舟 ( かはふね )さをさして くだりし 旅 ( たび )はむかしにて またゝくひまに 今 ( いま )はゆく 煙 ( けむり )たえせぬ 陸 ( くが )の 道 ( みち )• You will get a discount coupon for 200 yen when you save 5 stamps and 500 yen if you save 10 pieces. 1 汽笛一声新橋を あまたの客は出かけたり あたまの網に積み上げる 棚の荷物は山をして 2 楽は上等寝台付き 二重回し(和服用の外套)の客ばかり 次は中等腰掛ける まだ身代のよい客よ 3 下等は安く品悪く 土方もいれば車夫もいる スリはどなたもご用心 笠は同者か講中か(以下略) なお、明治33年にはすでに『地理教育鉄道唱歌』というタイトルまでそっくりな二番煎じが出ています。 豐橋 ( とよはし )おりて 乘 ( の )る 汽 ( き ) 車 ( しや )は これぞ 豐川 ( とよかは ) 稻 ( い ) 荷道 ( なりみち ) 東海道 ( とうかいだう )にてすぐれたる 海 ( うみ )のながめは 蒲 ( かま ) 郡 ( ごほり )• restrictions apply Add both to Cart• 駿州一 ( すんしういち )の 大 ( だい ) 都 ( と ) 會 ( くわい ) 靜岡 ( しづをか )いでゝ 阿部 ( あべ ) 川 ( かは )を わたればこゝぞ 宇津 ( うつ )の 谷 ( や )の 山 ( やま )きりぬきし 洞 ( ほら )の 道 ( みち )• 鶴 ( つる ) 見神奈 ( みかな ) 川 ( がは )あとにして ゆけば 横濱 ( よこはま )ステーシヨン 湊 ( みなと )を 見 ( み )れば 百舟 ( もゝふね )の 煙 ( けむり )は 空 ( そら )をこがすまで• 堅 ( かた ) 田 ( た )におつる 雁 ( かり )がねの たえまに 響 ( ひゞ )く 三井 ( みゐ )の 鐘 ( かね ) 夕 ( ゆふ )ぐれさむき 唐崎 ( からさき )の 松 ( まつ )には 雨 ( あめ )のかゝるらん• 三 ( さん ) 家 ( け )の 中 ( なか )に 勤王 ( きんのう )の その 名知 ( なし )られし 水戸 ( みと )の 藩 ( はん ) わするな 義 ( ぎ ) 公 ( こう )が 撰 ( えら )びたる 大 ( だい ) 日 ( に ) 本 ( ほん ) 史 ( し )のその 功 ( いさを )• こげや/\いざ 船 ( ふな ) 子 ( こ ) 鏡 ( かゞみ )なせる 海 ( うみ )の 上 ( うへ ) 波 ( なみ )に 浮 ( うか )ぶ 八百 ( はつぴやく )の 島 ( しま )の 影 ( かげ )もおもしろや• 東寺の塔を左にて とまれば七条ステーション 京都々々京都と呼びたつる 車掌のこえもなつかしや 57. 汽 ( き ) 車 ( しや )のりかへて 弘前 ( ひろさき )に あそぶも 旅 ( たび )の 樂 ( たの )しみよ 店 ( みせ )にならぶは 津 ( つ ) 輕塗 ( がるぬり ) 空 ( そら )に 立 ( た )てるは 津 ( つ ) 輕 ( がる ) 富士 ( ふじ )• 粟 ( あは ) 津 ( づ )の 松 ( まつ )にことゝへば 答 ( こた )へがほなる 風 ( かぜ )の 聲 ( こゑ ) 朝 ( あさ ) 日 ( ひ ) 將 ( しやう ) 軍 ( ぐん ) 義仲 ( よしなか )の ほろびし 深 ( ふか ) 田 ( た )は 何 ( いづ )かたぞ• 大森蒲田川崎や 鶴見もいつかあとにして 東神奈川立つ汽車の 行くてはそれよ八王子 5. 名 ( な )たかき 金 ( きん )の 鯱 ( しやちほこ )は 名古屋 ( なごや )の 城 ( しろ )の 光 ( ひかり )なり 地 ( ぢ ) 震 ( しん )のはなしまだ 消 ( き )えぬ 岐阜 ( ぎふ )の 鵜 ( う ) 飼 ( かひ )も 見 ( み )てゆかん• 次 ( つぎ )に 來 ( きた )るは 古河間々田 ( こがまゝだ ) 兩 ( りやう ) 手 ( て )ひろげて 我 ( わが ) 汽 ( き ) 車 ( しや )を 萬歳 ( ばんざい )と 呼 ( よ )ぶ 子 ( こ ) 供 ( ども )あり おもへば 今日 ( けふ )は 日曜 ( にちよう )か• 扇 ( あふぎ )おしろい 京 ( きやう ) 都 ( と ) 紅 ( べに ) また 加茂 ( かも ) 川 ( がは )の 鷺 ( さぎ )しらず みやげを 提 ( さ )げていざ 立 ( た )たん あとに 名 ( な ) 殘 ( ごり )は 殘 ( のこ )れども• 松川 ( まつかわ )すぎてトン子ル 〔 〕を いづれば 來 ( きた )る 福島 ( ふくしま )の 町 ( まち )は 縣 ( けん ) 廳 ( ちやう ) 所在 ( しよざい )の 地 ( ち ) 板倉氏 ( いたくらうぢ )の 舊 ( きう ) 城 ( じやう ) 下 ( か )• 文 ( ぶん ) 武 ( ぶ )の 道 ( みち )を 弘 ( ひろ )めたる 弘道 ( こうだう ) 館 ( くわん )の 跡 ( あと )とへば のこる 千 ( ち ) 本 ( もと )の 梅 ( うめ )が 香 ( か )は 雪 ( ゆき )の 下 ( した )よりにほふなり• 日和田 ( ひわだ ) 本宮 ( もとみや ) 二 ( に ) 本松 ( ほんまつ ) 安 ( あ ) 達 ( だち )が 原 ( はら )の 黒塚 ( くろづか )を 見 ( み )にゆく 人 ( ひと )は 下 ( げ ) 車 ( しや )せよと 案内 ( あんない ) 記 ( き )にもしるしたり• 写真04 川崎大師駅のホームにある古レールの柱(1928年製) 6.鎌倉の大仏と星月夜は関係があるのか 北は円覚建長寺 南は大仏星月夜 片瀬腰越江の島も ただ半日の道ぞかし 大仏の南に鎌倉十井の一つとして有名な星月ノ井と呼ばれる井戸があり、鎌倉を読む歌の枕詞に「星月夜」が使われていたことから「大仏星月夜」になったと思われる。 神崎 ( かんざき )よりはのりかへて ゆあみにのぼる 有 ( あり ) 馬 ( ま ) 山 ( やま ) 池 ( いけ ) 田伊 ( だい ) 丹 ( たみ )と 名 ( な )にきゝし 酒 ( さけ )の 産 ( さん ) 地 ( ち )もとほるなり• 神戸に今はつきにけり 帝国第二の大港 集る船の船じるし 見れば世界の旗づくし 65. 鳥 ( とり )の 羽 ( は ) 音 ( おと )におどろきし 平 ( へい ) 家 ( け )の 話 ( はなし )は 昔 ( むかし )にて 今 ( いま )は 汽 ( き ) 車 ( しや )ゆく 富士 ( ふじ ) 川 ( かは )を 下 ( くだ )るは 身 ( み ) 延 ( のぶ )の 歸 ( かへ )り 舟 ( ぶね )• 掛川 ( かけがは ) 袋 ( ふくろ ) 井 ( ゐ ) 中 ( なか ) 泉 ( いづみ ) いつしかあとに 早 ( はや )なりて さかまき 來 ( きた )る 天龍 ( てんりう )の 川 ( かは ) 瀬 ( せ )の 波 ( なみ )に 雪 ( ゆき )ぞちる• 梅に名をえし大森を すぐれば早も川崎の 大師河原は程ちかし 急げや電気の道すぐに 明治29年当時川崎大師への参詣客が多いことから、川崎から大師までの電気鉄道の建設が検討されていた。

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